GAINSBOURG NIGHT SAPPORO 2019

ゲンスブールについて

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セルジュ・ゲンスブール Serge Gainsbourg

セルジュ・ゲンスブール(1928-1991)は、1958年にLe Poinçonneur des Lilas(『リラの門の切符切り』)でデビューして以来、反体制的な作風で人気を博し、1960年代後半から1970年代にかけてはフランスのポピュラー音楽における中心的な役割を果たしたフランスを代表する芸術家。

歌手、作詞家、作曲家、映画監督、俳優など多彩な肩書きを持ち、没後20年以上経つ今もさまざまなアーティストを魅了し続けている。ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用した作詞に特徴があり、ときにはメタファーを使って、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い。

女優・歌手のジェーン・バーキンとは事実婚の関係であり、女優のシャルロット・ゲンズブールはバーキンとの間に儲けた娘である。

死後はその業績と栄光を讃え、サルトルやボードレールなど数多くの著名人が眠るモンパルナス墓地に葬られた。

ゲンスブール

ゲンスブールは60年代からフランス・ギャルやブリジット・バルドー、フランソワーズ・アルディ、ジェーン・バーキンを始めとする数々のアーティストに曲を提供しており『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』(Je t’aime… moi non plus)『さよならを教えて』(Comment te dire adieu)など、数々のヒット曲を生み出した。

とりわけ1965年にフランス・ギャルに提供した『夢見るシャンソン人形』(Poupée de cire, poupée de son)は、そのテンポの早さと音数の多さで当時のフランス音楽界とは一線を画しており、情感豊かな楽曲を好む一部の反発を受けるも若い層を中心に絶大な人気を集め、ギャルと共にセルジュの名を一気に高めた。

その後もギャルへの提供曲は次々にヒットし、ギャルは今日まで続く「フレンチロリータ」という伝統の始まりとなった。

ゲンスブールとバーキン
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